コラム

WTOCSRに至るまで ⑦:「CSR 3.0(3/26/2017) 

今回のコラムでは、CSRという概念が日本で発展してきた過程において、企業が自社ビジネスを通じて構築してきた社会との関係性、そして、その関係性の今後の展開について、藤井敏彦氏による「明日の経営を考える会」でのご講演内容を交えながら、考察していきたいと思います。また、コラム④でお話した「ルール戦略」に、CSRがどう紐づいていくかについても同時に触れたいと思います。 

藤井講師は、まず、CSR概念の発展についてご説明下さり、CSRは、日本に外来概念として上陸したものであること、また、日本企業のCSRに対する一般的な理解についてお話し下さいました。 

·       CSR 1.0:これまでの日本企業の多くは、「会社が、自社製品を通じて社会貢献を行う」と捉えていた。(会社→製品→社会) 

·       CSR 2.0:時代の流れとともに社会(そして社会が求めるもの)が変化し、その変化に対応するために、企業は、自社事業のあり方を変える必要性が出てきた。「社会が求めるものを、会社が自社製品を通して提供する」(社会→会社→製品) 

·       CSR 3.0:今後企業に求められるのは、「会社が社会に働きかけ変革を促す原動力となり、自社製品を提供すること」(会社→社会→製品) 

コラム⑥では、「社会的価値観は変化し続け、その変化を常に意識することの重要性」について触れましたが、さらに、藤井氏のご講演では、既存秩序や、現存する社会制度の変革に対して、能動的に働きかけていくことの重要性について学びました。 

また、コラムで触れた、「グローバル レベルでのルール作り」ですが、食品業界にも実例はあります。例えば、ヨーロッパのルールを基準として取り入れているアジア諸国では、EUの安全基準を満たしていないという理由から、日本の食品を輸入しない国々がありました。そんな中、ヤクルトは、中国に進出した際、現地で乳酸菌学会を作り、自分たちの標準を基準とする活動を始めました。同時に、EUからは、糖分が高いという理由で、健康食品カテゴリーから外された際、国連の食糧農業機関(FAO)に認可を申請。その後、EUに再度申請を行う、といった能動的な戦略のもと、自社の基準を世界に浸透させていきました。 

CSR 3.0」をとおして、これからの企業、そして経営者に求められるのは、新しい社会の秩序や枠組みを創造する為のビジョンを明確にし、どのような社会、そして世界にしていきたいかを明確に語り、伝えていくことではないかと感じました。また、社会を動かす原動力となることが出来るのは、国ではなく、企業だからこそ可能なことではないか、と改めて思いました。 

ご講義では、例として、車というものがない時代に車を作る。既存のプライバシー法に相対したグーグルアース等が挙げられました。そういった意味では、iPhoneの登場も例の一つでしょう。既存の法律や枠組み、社会の価値観といった観点からは、想像がつかない変革。このような時代の流れの中で、物事に対応するだけの経営ではなく、「能動的に戦略を立て、自分たちの強みを世界に対して明確に伝えることで、社会を変革していく」ことは、CSRの源流でもある「企業の使命は、自社事業を通じて社会的課題を解決していく」ことに繋がっています。「今あるもの」だけを基準に、これからの時代に向けた戦略を立てるのか、または、この一つしかない地球という場所全体に対する「これから」に働きかけていくのか。「潜水艦の窓」からの景色を超えた世界を常に念頭に置き、新しい制度を作り上げていく意欲と、それを伝えていくコミュニケーション能力が、今、企業に求められる最も重要な要素の一つではないでしょうか。

  

WTOCSRに至るまで :「経営戦略としてのCSR(2/26/2017) 

10回シリーズのコラムも後半に至り、今回から、国連グローバルコンパクト ネットワークジャパン「明日の経営を考える会」第7期生として学んだ内容を基に、数回にわたって「CSRの本質」について考えていきます。勉強会では、10名程の講師の方々が、様々な分野・視点から教鞭を取って下さいましたが、その中でも強く印象に残った内容を共有していきたいと思います。 

1回目の講師、大和総研の河口真理子氏は、「経営戦略としてのCSR」という切り口から、地球の歴史、環境や人類の変化、現代人の働き方、今後の持続可能な生き方、ビジネスのありよう、といった多岐にわたる盛沢山の(実は全て繋がっている)内容に基づいて御講義下さいました。 

前回のコラムでは、CSR概念が、ヨーロッパでの失業率深刻化に伴う企業活動に基づいているというお話をしました。今後の人類が抱える様々な課題に応えるには、政府の政策だけでは限界がある中、企業が率先して社会問題の解決、より良き世の中のありように貢献していこう。その為の企業活動とは一体何か? 

河口講師は、まず、CSRには、環境対応、人権保護、雇用の創出、従業員満足、社会貢献、コンプライアンス等々、多様なものが混在している点を挙げ、「CSRとは、企業の内側と外側を再認識すること」だと述べています。「内側」とは、自社の事業は、何のための事業か?について考察を重ね、行動に繋げること。「外側」とは、己を知り、社会を知ること(「今の」社会から求められているものは何か?を再認識する)。ここで重要なのは、この内側と外側からの視点は、常に変化し続けるものであるということ。河口講師は、仏教の教えの一つ「諸行無常」を挙げ、社会の価値観(例:顧客のニーズ)は変化し続け、その変化を常に意識することの重要性を指摘されました。 

最も強く印象に残ったのは、この「変化」に対する感度を高く保ち続けるために必要な「三つの要素」のバランス、でした。三つの要素とは、私達一人一人が、日々、生活者として生きる中で、「職業人(企業人)」、「家庭人」、「市民」であることの自覚を深める、というものでした。そこで、河口講師は「潜水艦論」をご紹介下さいました。これは、企業の従業員として働く企業人を「潜水艦の乗組員」にたとえ、乗組員が知っている世界は、基本的に潜水艦内部の世界にとどまること。潜水艦の外には、無限に拡がる空があり、広く深い海があり、大きな大地もあるが、そのことを「お話」として知っているだけで、実態として感じ、日々の人生を生きている乗組員は少ない。人はもっと多面的で、立体的な存在なのだから、企業人という二次元的な存在から、生活者としての三次元に移行することが重要であること。 

「経営戦略としてのCSR」をとおして、このような乗組員達が働く潜水艦(企業)に求められるもの、乗組員一人一人に求められるもの、そして、家庭人、市民としての生活者に求められるものに改めて想いが至り、また、内側と外側から見つめ直すという作業は、企業のみならず、私達個々人にとっても、多面性や多様性を養い、しなやかな強さや深さを養うことに繋がるのではないか、と強く感じました。 

企業、社会、人類全てにとっての「持続可能な発展」を考えるとき、これまでの「高度経済成長・20世紀型価値観」は通用しない、と河口講師は述べています。右肩上がりの物質的経済成長がもはや不可能な時代になり、企業は、その事業を通じて社会的課題を解決することが使命となってくる。そして利益は、今迄のように「目的」ではなく、社会的課題を解決する為の「手段」となるであろうこと。次回は、企業が、自社の事業を通して社会とどのように関わりを構築してきたか、そして、それらが今後どのように変化していくかについて、考えてみたいと思います。 

 

 WTOCSRに至るまで CSR (2/15/2017) 

2016年は、あっという間に過ぎ去り、新しい年、2017年を迎えるにあたり(既に2月ですが)、今日は、前回言及した「持続可能な成長・発展」に繋がる「CSR」ついてお話したいと思います。 

今回のタイトルにもあります「CSR」(Corporate Social Responsibility)(企業の社会的責任)ですが、皆さんは、CSR/企業の社会的責任という言葉に、どのようなイメージ、又は理解を持っているでしょうか?そもそも、CSRはヨーロッパで若者の失業率が深刻化した数十年前に、「これからの時代は、政府による政策だけに任せるのではなく、企業が率先して社会問題の解決に取り組んでいこう」という概念に基づいています。社会問題を直視し、それに対して自社は一体何ができるのか?といった、自主的・自発的な行動を伴うものです。 

これに対して、近年の日本でいわれるところのCSRとは、どのようなものでしょうか? 

日本で「企業の社会的責任」というと、企業活動を通して社会に貢献していく、という(漠然とではありますが)イメージが強いのではないでしょうか?例えば、経営概念の基本ともなり得る「三方良し」(売り手良し、買い手良し、世間良し 英語でいうところの「Win-Winの関係」とでもいいましょうか)。又は、寄付やボランティア活動を通じた社会貢献。ともすれば、「我社の製品は環境に優しいものを」「我社の製品は健康に良い」「法律を守る/コンプライアンス順守」=社会に貢献している。 

「ルール作り」のコラムでも言及しましたが、外国の概念を日本に根付かせる作業は、とかく日本流の理解(あえて言えば「誤解」)が生じ、又その理解を基に「日本という環境で受け入れられる状態に」成り立っていくものだと思います。これは、日本のみならず、世界共通の有り様だとも思います。 

同じ言葉(このコラムでは「CSR」)を使いながら、異なる「理解」をもって世界に出た場合、どういった現象が起きるでしょうか?10ヶ国が10ヶ国なりのCSRに対する理解をもち、国際会議の場に参加をする。「自発的に、現在の社会の有り様に疑問を投げかけ、働きかけていく」ということと、「これを作っているから大丈夫。これを守っているから皆が幸せ」というのは同じことでしょうか? 

数年前から、このようなことを考え始めていたところ、当時働いていた外資系企業で、思いがけず、「国連グローバルコンパクト ネットワークジャパン」が毎年10数名を募り開催している「明日の経営を考える会」 という活動に参加をさせて頂く機会がありました。私は第7期生でしたが、1年間を通じて、様々な分野で活躍なさっている方々が講師として来て下さり、CSRに関する勉強会を行いました。1年間のプログラム終了時には、グループに分かれ、研究の成果を発表するという内容でした。 

次回のコラムでは、それぞれの講師の方々のご考察を踏まえて、これからの社会、そして世界が必要とするCSRの本質について、考えていきたいと思います。

  

WTOCSRに至るまで ④:ルール戦略とは (12/19/2016) 

今日は、この10回シリーズのコラム(の予定)で、そろそろCSRについて書き始めようかと思いましたが、その前に「ルール」について一筆。前回までのコラムでもお話をした「世界レベルでのルール作り」を企業が経営戦略のみならず、世界で活躍の場を広げるための戦略の一環として味方につけるには、といった内容に少し触れたいと思います。 

「世界レベルのルール」で、私達の生活に直接関係のあるものとは一体どういったものか。身近な例を挙げると、例えばヨーロッパで施行された個人情報の保護に関する法律があります。これは、ナチスドイツの時代、個人に関する情報が政府によって「悪用」され、「2度とこのようなことが無いように」という理念に基づき制定された法律です。この法律がヨーロッパで施行されたことに伴い、米国や、日本を含むアジア諸国が「個人情報の取り扱い」に関する法律を制定していきました。それは何故か。今日のインターネットの世界では、ヨーロッパと取引をする国々は個人情報を含む膨大な「情報」を国境を越えてやり取りします。そんな中、お互いの「ルール」に整合性を保つこと、又、同じような内容の法律を定めることが重要になってきます。 

これを「モノ」の取引に置き換えると、例えばヨーロッパで、車の部品に関する「ルール」ができたとします。「ヨーロッパで走る車には、この基準を満たす部品をつかうこと」という「ルール」だとしたら、ヨーロッパに車を輸出している国の部品屋さん達は、必然的に「ヨーロッパのルール」に従って部品を作らなくてはならない。そうなると、今まで作っていたものは、車屋さんが買ってくれなくなる。新しくできた「ヨーロッパのルール」に合わせて作り変えるには、設備投資も必要になるかもしれません。 

このような、日常では中々意識をすることのない「世界レベルのルール」に、私達の生活は影響を受けています。そして、例に挙げた国内の部品屋さんだけではなく、海外と取引を行う企業(車屋さん)は、ヨーロッパだけではなく、多種多様な「世界レベルのルール」のもとで取引を行っていかなければなりません。 

こういったことを念頭に置き、会社の経営戦略を考える。「国」との連携のみならず、企業間で連携する。関連するステークホルダーとの連携を深める。「自社の利益」のみを基盤とした経営戦略で、今後の世界レベルのビジネス環境にどの程度対応できるのか。そもそも、「対応」することのみで、これからの時代、成長を持続させていくことができるのでしょうか。企業にとっての「持続可能な発展」とは何でしょうか。これは、私が弁護士になり、企業の方々にアドバイスを提供する立場になってから念頭にある課題の1つです。

 

WTOCSRに至るまで ③:スイス (12/6/2016) 

スイスの首都、ベルンにあるWorld Trade InstituteWTI)は、WTOの法律と経済学を専門に学ぶ機関として、ベルン大学、フリブール大学、ヌーシャテル大学によって1999年に創立されました。私は、第7期生として入学したのですが、当時は、毎年受け入れる生徒の数が30名程に限られていたということもあり、世界中から様々な経歴をもつ仲間達が集いました。第7期のクラスには、20数か国から、30名程の奇人変人(?)ともいえる優秀な人達が集まり、1年間を通して、これまた世界中の大学/大学院/研究機関から、毎週2名の教授が入れ代わり立ち代わりWTIを訪れ、様々な内容について教鞭をとって下さいました。 

プログラムが終了に近づくにつれ、私にとっての第7期生は、WTIでの1年間という時間や学びを共有するだけではなく、「一生の仲間」だと深く感じました。理由はいくつかありますが、その中でも強く印象に残ったのが、やはり私達11人は「地球号」の一員なのだということでした。「ワシントンDC」のコラムでもお話ししましたが、場所が変われば常識も違う。同じ国の者同士でさえ理解しあうことが難しいこともある現実の中で、国が違う、言葉が違う、生きてきた環境や経験も違う者同士が、かなり専門的な内容に特化したプログラム(当時は毎週テストがあり、木曜日の午後スタートで、翌金曜日に提出、という、まさに一晩寝ないで書き続ける、といった内容でした)を共にやり切り、費やした時間や想いを共有することで、文字通り「戦友」という言葉がピッタリの関係(に近いもの)が築かれたのでは、と感じました。 

WTOは、国と国とが約束をする場だというお話をしましたが、国同士の利害関係が存在する中、取引に関する枠組みを決めて「自由貿易」を進めていこうという理念があって(理念通りに運営されているかどうかは別の話として)、初めて、異なる文化や常識等々をこえた「同じ言語」、で話し合いをする土台となるのでは、とも感じました。 

当時は、日本にある外資系企業で社内法務に携わっていましたので、このスイスでの経験を通して、実際に国際取引を日々行う「企業」と「国」との関係性、また、「企業」が今後どのように、WTOのような国際機関の存在や、世界レベルでのルール作りを自社の経営戦略に組み込めるか、といったことに想いを巡らせながら帰国しました。

 

WTOCSRに至るまで ②:ワシントンDC (12/3/2016) 

米国バージニア州の弁護士資格を取得して最初に勤めた法律事務所は、「WTO関連訴訟専門」の弁護士事務所でした。ここで、WTOが私達の日々の生活にどのように繋がっているかについて、ごく簡単にご説明したいと思います。 

World Trade Organization (WTO)(世界貿易機関)は、「自由貿易」を促進する目的で創設された、スイスのジュネーブにある国際機関です。WTOに加盟をするのは「国」であり、「国」はWTOに加盟をすることで、「他国と貿易を行う際に、WTOが定めるルールに従います」という意思を表します。分かり易くいうと、会社間で取引を行う際に「契約書に定めるルールに従います」という意思が、契約書にサインをすることで表されることと同じイメージです。 

WTOルールの中には、「〇国が、A国との取引では条件を良くして、B国との取引では条件を変える」ことを禁止するものがあります。このルール1つをとっても例外規定は色々とあるのですが、ごく簡単に、こういったルールが私達の日常生活にどのように影響するのか。 

例えば、〇国内で、Aの商品は安く買えるが、同じものでもBの商品は高いので誰も買わない。Bが「仕返し」として、〇の商品に対する取引条件を変えると、B国内で〇の商品が高くなり、買いたくても消費者には難しくなる。このように、公平性を失った中で商品がやり取りされることで、〇、AB消費者の商品に対する選択肢や、経済活動の「自由度」が制限される、といったことにも繋がります。 

ざっくりとではありましたが、このように、WTOルールや、TPPを含む、国と国との間で取り決められるルールには、私達の日々の生活に密接に繋がる内容のものが多くあります。 

最初に勤めた法律事務所では、こうしたルールに基づいた取引から発生する訴訟を取り扱っていました。そんな中で、個人的に「WTOは素晴らしい!」(これについても色々と説明が必要ですが、割愛し(すぎ)ます)と感じた理由は、地球を宇宙に漂う1つの「地球号」というものだとして、その上で多種多様な人々が生活を営む。多種多様だからこそ、自分と隣の人(または、船の違う場所にいる人達)との常識は同じでない場合が多い。それでも「地球号」の上で生活をしていく以上、皆の生活が更に豊かなものになるのであれば、なるべく「人、モノ、サービスの交流」をスムーズに行うために取引のルールを決めて、1人でも多くの者が合意をする。WTOは、「地球号」での取引に関するルール作りや、紛争を解決する場所として、非常に魅力的だと感じました。 

WTOについて基礎から学びたい!」という強い想いから、当時の弁護士事務所の先輩の勧めもあり、スイスの首都、ベルン市にある「World Trade Institute」という大学院に応募をすることになりました。

  

WTOCSRに至るまで :弁護士になった理由 (12/1/2016) 

2016年も残すところ1か月となりました。「今年は、時間が過ぎるのが本当に早かった」と(私自身も含め)感じる方が多いように見受けられます。 

そんな中、「そもそもどうして弁護士になろうと思ったのか」、「欧米と日本での経験」、「今後の国際通商についての考察」、「CSRの「あるべきようは」」等々、アステリ株式会社の代表として、お伝えしていきたい想いをコラムとして書き始めることにしました。 

実際「話せば長くなる」ということで、今日は「WTOCSRに至るまで:弁護士になった理由」から書き始めたいと思います。  

実は、高校生の頃までは、落合信彦氏のように、国際ジャーナリストになりたいと思っていました。友人達が、当時の年齢相応の雑誌を休み時間読みながら楽しそうに時間を過ごす中で、私はいわゆる「政治もの」の雑誌を読みながら、当時からの親友の男友達と「日本の未来」や「国際情勢のあり様」について話をするのが楽しみの一つでした。「大学生になったら渡米して、米国の政治戦略を学びたい」と考えていたところ、あるきっかけから、高校生活も残りあと数か月というある日、渡米をすることになりました。 

詳細は割愛し(すぎ)ますが、米国大学在学中、卒業後何を職業とするかを考えるにあたり、国と国とを繋げる「人、モノ、サービスの交流」、その交流(国際通商)に関するルール作りといったものに熱い想いを感じるようになりました。「ビジネスとビジネスが繋がる国際取引」をサポートしたい!という情熱が湧くと同時に、国際取引を行う際には、双方当事者の合意事項が記載される「契約」の内容が重要になります。本当の意味での戦略的アドバイスを含むサポートができるようになる為には、前段階の交渉も含めて、基本的なルール(法律)に関する知識/理解が必要と考え、米国のロースクールに通うことを決めました。 

ロースクールでは、一般的な内容から専門的な知識、模擬裁判含め、米国ロースクールならではのトレーニングを受けることが出来ました。ロースクール卒業が近づく中、国際通商に関するルール作りや調整、紛争解決は、WTOWorld Trade Organization)において行われる。であれば、WTO関連業務に特化した弁護士事務所で働きたい、という想いが強くなり、ロースクール卒業後、ワシントンDCの「WTO関連訴訟専門」弁護士事務所に勤めることになりました。 

2020.10.01 Thursday